あの日のリングサイド

最終更新: 5月21日

前回の"ボディブロー"で使用した写真は、1997年4月14日に、辰吉丈一郎がダニエル・サラゴサに挑んだ試合で撮ったもの。そのリングサイドにいたのは、あの――

井上 博雅

Hiromasa Inoue


イチロ・リングサイド

 前年3月、横浜アリーナで血染めのTKO負けを喫しての再挑戦。このときほど一方的にはならなかったものの老獪なサウスポー攻略には至らず、バンタム級につづくジュニアフェザー級(いまはスーパーバンタム級か)の戴冠はならなかった一戦だ。


Ichiro, 1997

 大阪府立体育会館まで行って観戦し、試合以上? にとても印象深かったリングサイドの来訪者のことを思い出す。


 当時23歳。オリックスでプロ6年目を迎え、3年連続首位打者に輝き前年にはチームを日本一に導くなど、トッププレーヤーに駆け上がっていたイチロー。


 たしか月曜日だったこの日は、ゲームが予定されていなかったんだったか。


 自分も社会人になって数年の、有休をとっての観戦旅。


 年に数回、こうした遠征をするために1日か2日の休暇申請をすると、「あいつまた休むなんて言い出しやがって…」と思った先輩や上司が、どうしたら思いとどまるか、みたいなことで"会議"をしていたことも、ついでに思い出す。平成も1ケタだったこの当時まだそんなコトバはなかったが、いまだったらブラック呼ばわりだ(笑)。


あれから22年

 この試合でジャッジを務めたのは、ルー・フィリポ、ロナルド・バロベッキョ、トニー・カステラノの3氏。違っていたらごめんなさいだが、イチローのとなりで「この坊や、だれ?」みたいな視線を向けているのは…いろいろ調べてみるとカステラノ氏と思われる。


 そんな視線を(たぶん)気にすることなく、フルラウンド観戦。カステラノ氏が「あのときとなりにいた男か…」と後に気づくことがあったかどうかはわからないけれども――7年連続パ・リーグ首位打者の実績をひっさげ、イチローがMLBシアトル・マリナーズへ移籍、いきなり242安打をマークし首位打者に新人王、MVPにも輝く大活躍をするのは、この4年後だ。


 打撃はもちろん守備でもレーザービームと評された強肩を披露、10年連続でシーズン200安打以上を記録し、通算でも3,000本を超えるヒットを打ちまくることになるなんて、まったく想像できなかった。


 22年後。そんな稀代の安打製造機も引退を表明したが、(イチローより)年長の辰吉はまだ…であることも同じくらい、想像できなかった。

2019.06.26

Photo : H.Inoue


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