井岡一翔が田中恒成を下した2020年大みそか。カウンター3発、みごとな倒しっぷりだったが、まだおれの夜空に「光」は放たれてはいない。この先どんな記録を打ち立て、輝きを見せるのか――
下里 淳一
Junichi Shimozato
リメンバー・ザ・ショウダウン
田中恒成の中盤KOと読んでいたが、井岡一翔が文句なしに勝った。
田中の右ストレートをまわりこんでの左フックカウンター3つ。見えないパンチ、あるいは後ろから飛んできたようなパンチだったか。
打たれた田中の無防備より、打った井岡を褒めるのがスジで、もう40年も前になる「レナードvsハーンズ」の"ザ・ショウダウン"を思い出してしまった。何か通じるものがあったのか、わかんねえな。
あんときもハーンズKO勝ちを予想して、ったく、長くボクシング観てきても、勝敗当てらんねえなあ。
2020年、冬。井上尚弥が1等星の輝きを見せている。田中恒成も寺地拳四朗も瞬いている。井岡一翔はこんな立派な勝利をあげたにもかかわらず、おれの夜空にまだ光を放ってはいない。
どこか作りものっぽいとか、受け狙いのケチな計算が見え隠れするとか、あざとい感じがするとかって、いやなんだよね、自分を見るようでもあるし。いい子ちゃんみたいなのも関心ねえけど。
うーん、どうなんだろな、たとえばさ、勝った瞬間、ロープに駆け上がって雄たけびあげるんじゃなくてさ、ふっと静かに息をつくとか、歓喜の中にひとりたたずむとか、そんな井岡を見たら、おれ、気持ち変わるかも。
いつ輝く? いつか輝く!?
実はさ、本当の経緯はわかんねえけど、誤解かもしんねえけど、井岡は、どれくらい前になるのか、当時無敵のローマン・ゴンサレスから逃げたとの印象が、おれはぬぐえないんだ。強い弱い勝った負けた以前の話。どれほどの記録を打ち立てようとも、はるかなる高みに達しようとも、やんやの喝采を博そうとも、世間の評判や定説なんかどうだっていい、おれの夜空に、だから井岡一翔という姿の星は、まだ現れていない。
いつまで色眼鏡で見てるんだ、料簡狭い、井岡が嫌いなだけなんでしょ、と言われたら何も言い返せないが、しゃあねえ、性分だもん。逃げたとかズルしたとか、そういうのって、自分はすぐに逃げたりズルしたりする卑怯な人間なので、せめてリングの中はそういうのと無縁でいてほしい、だからリングを見るんだ。
そりゃ勝つと負けるじゃ天地だろし、長い目で見ることも、駆け引きも、リング内外で必要だろう。だろうだろう、けど、けどけど。
こんどの勝利で、巡り巡って、ロマゴンとの対戦があるかもしれないが、それはそれって感じで、感慨はたぶんないだろな。
同じニカラグアの稀代のボクサー、アレクシス・アルゲリョはアーロン・プライアーに連敗したあと、キャリア終盤のビル・コステロとのサバイバルマッチで、おれの夜空に忽然と輝きを見せた。以来、アレクシスは輝いている。ほんとの星になっちゃったけど。
井岡一翔もいつか輝くだろうか。もちろんそのほうがおれも落ち着くことができていいんだよ。
2021.01.08
Photo : H.Inoue