ミドル級史上屈指の強さと無類の安定感を誇った名王者、マービン・ハグラーが亡くなった。突然の訃報に接し、あの試合の、あの日あのときのハグラーに思いをはせる――
下里 淳一
Junichi Shimozato
あの日のハグラー
ジョン・ムガビ戦を見たとき、ああ強いなあって思った。ムガビがね。
前にも書いたことあるけど、天下のマービン・ハグラーにこんなに真っ向勝負をかけて、っつうか、ハグラーを見下してる感すらある、足を止めて、踏ん張って、渾身のパンチを繰り出すムガビ。本当の強さを、強いってのはどういうことかを、教えてやるよ、みたいな感じだった。
やばいじゃん、ハグラー。心なしか、ちいさく見えた。
テレビに釘付けになった。
けど、全然違ったんだよな。ハグラーはハナから相手の力量を見定めて、エンディングまでを想い定めていた、たぶん。
だけど、あの瞬間の、ハグラーと戦ったときのムガビは、くどいけど、マジ、強かった。
あの日のムガビを倒せるボクサーは、ハグラーしかいなかった。シュガー・レイ・レナードもトーマス・ハーンズもロベルト・デュランも、あの時のムガビには勝てなかった、と、オレは思った。今も思っている。
見たかった再戦…
レナードとの再戦は見たかったが、陽動作戦をふくめて、同じ手は使えない、ハグラーに勝つにはもう手がないと、レナード側は知っていたんだろうって、オレは思ってる。
だけどさ、ボクシングの名勝負とか歴史とかを1枚のジグソーパズルに見立てたら、《レナードvs.ハグラーⅡ》や、《アリvs.フォアマンⅡ》がないのは、ピースが1つ2つ抜け落ちてるようで、落ち着かない。
まさかね、訃報をきくとは。
冬から春へ、今夜もオリオンやシリウスは光ってんだけど、ご冥福を祈るとかさぁ、オレ、言えないんだよなぁ。
おざなりと言っちゃったら怒られちゃうけど、どんどん年とってくると、知ってる人が生きてても死んじゃってもあんまり関係なくなっちゃうんだよな。オレも明日死ぬかもしれないし、オレの中でその人が光ってればそれでいいやって。
2021.03.17
Photo : H.Inoue