将棋の思い出

最終更新: 5月18日

将棋道場に通った若き日。相手の余裕や油断も駒落ちのハンデもありだったとはいえ、いまも思い出す、有段者からあげたドキドキの大金星―――

下里 淳一

Junichi Shimozato


道場通い

 時の名人は谷川浩司だった。羽生善治が登場し、NHK将棋トーナメントで、あっと驚く手で実力者たちを連破していた。


 夜勤アルバイトの休憩時間に将棋を指すようになった。素性のわからぬ連中とのヒマつぶしに過ぎなかったが、いつか熱が入り、簡単な詰将棋の本を繰り返し読むようになった。失業や失恋で世を恨み、人を妬み、明日を投げていた。警察の厄介にもなった。


 勤めがない日は、電車に乗って隣町の将棋道場へ行くようになった。腕前は四級で、ほとんど最下位だった。なかなか勝ちがなく、それでも自分よりほんの少し上の人との手合せは、盤上に没頭することができて、ひととき、憂さを忘れた。


 あるとき、季節はどこだったか思い出せないが、暑くもなく寒くもなく、雨がしょぼしょぼ降っていた晩だった。


 たいていの人は帰ってしまい、ビルの2階にある将棋道場には数人が残っていた。さっきまでオレの相手をしてくれた人もいなくなり、さて、どうしようと思っていたとき、席主が声をかけてくれた。


「ひとつ、やりませんか」


 手ごろな相手がいないとき、席主が指南してくれることがあった。


 香車を下段から打つと、お強いですなあと褒めてくれて、そんなのは当たり前の、子供でも指せる手なんだけれど、世辞とわかっていても妙に嬉しくなって、情けないが、生きていてもいいか、みたいな気持ちになった。


 席主がまた教えてくれるものと思っていたら、そうではなく、相手は、五段の人だった。初老の、中肉中背の、高段者だった。右手の扇子がパチンパチンと音を立てながら小刻みに開いたり閉じたりして、なんでこんな奴と俺様がやらなきゃなんねえんだよと、口には出さないが、様子には出ていて、ぎろりと一瞥された気がした。


「飛車落ちでいきましょう」


 穏やかな席主の声に、「角も落としていいけど」と高段者はつぶやいたが、飛車落ちのまま始まった。


 駒を並べているとき、相手の駒音は強く高く、オレの駒はぼそぼそと所定の位置につく。本来、将棋の駒に強弱はないのだけれど、金は銀より強いとか、角は飛車より弱いとか、そういうことはないのだけれど、このときの相手の駒はすべてが鋼鉄で、鈍い光を放ち、オレの駒は、同じ駒のはずなのに、どう見ても、吹けば飛ぶよな、紙っぺらだった。


 が、そんなことより、なにより、オレの心は、途方もない相手を目の前にして、うろたえていた。


 どうすればいいんだ、オレはどうすればいいんだ、何をどうすればいいんだ。


「いやいや、やっぱり止めましょう、ボクなんか四級ですから、全然、勝負にもなんにもなりませんから」


 愛想笑いを浮かべて、小さく手を振って、断ることもできたはずなのに、オレはどうして黙って席に着いたのか。


 当時、腐りに腐っていたオレは誰にも何も打ち明けはしなかったが、腹のうちは愚痴や文句やため息や怒声ばかりだった。何もかもが面白くなく、面倒くさかった。すさんでいたオレを席主は感じとって、見抜いて、見かねて、荒療治とは言わないが、閑散となった道場に、手持無沙汰でいるトップとビリッケツを見て、とんでもない御膳立てをしてくれたのか。将棋の奥行きや不思議を見せてくれようとしたのか。ただの思いつきだったのか。


好きな駒を

 あとになれば、いたずらな深読みもできるけれど、そのときは、どうにでもなれ、ぶざまな野郎を皆で笑いものにすればいいじゃねえか、そんな思いが掠めるなか、3つのことが浮かんできた。


 一つは、失礼のないようにしよう。


 とはいえ、どうすればいいのか。


 自分は弱いとか、将棋を覚えてまだ日が浅いとか、だからお手柔らかにとか、そんな卑下や弁解の心は持たないこと。相手を恐れないこと。あまりに遠く大きな存在にほんとの恐れなんか抱くことはできないし、そりゃ五段だもの、強いに決まっている、敵うわけはない。だけど勝負の場に着いたんだから、勝負をすればいい。媚びたり飾ったりしないで、身の丈で、とにかく前へ駒を進めよう。それが失礼のないってこと、じゃねえかと決めた。


 将棋には定跡という、最善の筋道、指し方の基本がある。これを覚えて強い人と指せば、相手は"ああこいつはちゃんと将棋を勉強してるんだな、よし、それじゃ負けてやろう"と、べつに八百長ではない、後進のために強者は暗黙の了解で面倒を見てくれて、投了してくれるらしい。  


 だけれど、オレはこの定跡を学ばぬまま、高段者に向かおうとしていた。たぶん、ひどく無愛想な態度で。何が失礼のないようにしようだ、思いっきり無礼だよなと、我ながらあきれて、が、おおげさだけど、事ここに至っては、目をつぶって行くしかない。


 で、二つめ。飛車と角は未練なく、切るときには切ろう。


 大駒は攻防で大きな力を発揮して、花もあるから、大事で魅力的だが、だからといって執着するのはやめる。相手との力の差があるほどに、かえって飛車角への執着を付け込まれて命とりになりかねない。執着するほどに痛い目にあう、昨日までの恋人みたいに。損得勘定で損に映っても、内なる声がしたら、きっぱり捨てること。


 三つめ。好きな駒を使おう。


 20個の駒、全部に動いてもらわなければならないが、好きな駒を気持ちの真ん中に据えて、向かう。でないと、悔いが残りそうだったから。


 8種ある駒で特に好きなのは桂馬だった。すぐ前にある駒を飛び越えて、斜め前方へワープする。後戻りはできない。ファンタスティックで、ぶきっちょな感じが好きだ。


 そして、その将棋、オレは勝ってしまった。


 細かな手順は覚えていないが、終盤、左右の桂馬がそれぞれ二度跳ねて、盤上の中ほどで対になって、睨みを利かせていた。相手玉は挟み撃ちにあって動くことができない。


 心臓バクバクだった。


 これってオレの勝ちなんじゃないか。こうやって、ああやって、それからこうすれば、そのあとこうなって、それで、こうなって、ああなって、で、オレの勝ち……じゃねえかと思うけど、いや、そんなことは、ねえよな。何かあるよな。こう指したら、どうすんだろ、こうか、ああか。


 と、相手は、暗闇からぬっと出てきたような、予想だにしない手を指す。なんだ、これは。狙いはなんだ。何か見落としがあったか。わかんねえ。だけど、カンケーねえよな。相手にしなくていいよな。


 とまどいを打ち消して、今を見る。ここまで来たら、自分の決めた手で行くだけ。


 と、相手は軽い舌打ちをして、「間違えねえなあ」とつぶやく。それを聞いてオレは自分の指した手が間違っていなかったと安堵するが、胸の高鳴りはどうすることもできない。


 駒落ち戦とはいえ、根性腐りの下っ端が有段者に土をつける、そんな、チンピラが高僧に唾するような、あってはならない、道理に外れた、いけない、悪いことに一歩一歩近づいていくようで、ゾクゾクもしてきた。


 他の席で指していた二人が対局を終えて、見物にきた。席主を含めて、道場に残った五人全員がひとかたまりになって、一つの将棋盤を見ていた。


 窓を伝う雨のしずくに誰か気を払っていただろうか。「間違えねえなあ」という声だけが漏れて、高らかだった扇子も鳴りをひそめていた。


 相手の投了間際、胸のドキドキは最高潮だったが、いっぽうでオレは盤上に散らばる自分の駒を見渡して、中央に位置する一対の桂馬はもとより、敵陣に切り込んでいる銀も、王将に寄り添う金も、はしっこにいる歩も香車も、すべてが頼もしく、いとおしかった。


 お前ら、すげえじゃん。


 ひそかに声をかけた。大駒の飛車と角は、とうに相手に獲られていたが、これといった使いみちなく終わった。


勝った… !!

 嬉しくてたまらなかった。勝っちゃったんだもの。相手は油断や余裕や温情から手を抜いてくれたとは思うけれど、手をゆるめて負けてくれたんじゃないと思う。投了のあと、すぐにもう一番やろうと言ってきたし、終盤の息詰まる感じは相手の真剣さがあったればこそだと思うから。


 今の将棋を振り返り、検証していく感想戦なら喜んでお願いしたかったが、相手は勇んで、向かってくる様子だったので、オレは用事があるので帰りますと嘘をついて逃げた。だってもう一番やったら、相手は本気で来るから、ひとたまりもない。せっかくの、このいい気分に水をさされたくない。


 将棋道場を出て、駅まで雨に打たれて、爽快だった。


 あれからかなりの時間が過ぎたが、あのときのドキドキ感をしのぐドキドキ感はなかった。あんな緊迫の瞬間はなかった。たかが将棋ひとつで、それもハンデ戦で、何がドキドキ感だ、緊迫感だと笑われていい。ほんとのことだもん。


 仕事だとか恋愛だとか成功だとか失敗だとか、いろんなことがオレにも一応あったつもりだけど、くどいが、あのとき以上のスリルはなかった。オレの身の丈はその程度ってことだが、しゃあねえ、不足はねえ、ってことにしておく。


 いまもって思い出すほどに、席主にも相手をしてくれた高段の方にも感謝をあらたにするし、将棋の神様か何かわからないが、見えない何かを感じるようにもなった。


 以上、自慢話の一席、ありがとうございました。

2019.10.26


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