夢想再録《辰吉丈一郎vs鬼塚勝也》#4

最終更新: 3月31日

当サイト編集人が以前在籍していた出版社のサイトに載せ、わりと真剣? に企画編集(夢想・妄想)した一作が、いつ閉鎖されてしまうかわからない状態であることを思い出し、再録している…白熱の第4章[全6章]!

夏野 澤夫

Sawao Natsuno


第3章

第4章 白 熱

【3R】

 セコンドアウトのアナウンスのあと、的場は言った。


「鬼塚は攻防分離の欠点を指摘されますが、どうですか、まだ2ラウンドが終わったばかりですが…」


「そうねえ、辰吉のプレッシャーが思いのほか強いのか、まだ様子を見てるのか」


「攻めなきゃ。辰吉もきてるんだから、鬼塚もチャンピオンとして攻めていかなきゃ」


 現役時代、怒涛の攻めで観る者を釘付けにしてきた具志堅は、手数が少ないボクシングを見ると苛立ってくる。


 辰吉はフットワークをおさえて、リング中央で左右連打。鬼塚も応戦。会場はひときわどよめいた。


 辰吉の左に鬼塚の右がクロスになって浅くアゴをヒットしたが、あとが続かず、もみあいになり、この試合はじめてレフェリーが割って入った。手数はようやく同等になったが、当りの数では辰吉。


 採点30-27。CMボタンオン。


【4R】

 開始早々、鬼塚の左ジャブが当る。辰吉苦笑い。かまわず鬼塚左右ストレートをもっていくがサイドステップ、スウェイバックでかわされる。なおもにじりよってワンツー、これも辰吉はダッキングでかわす。鬼塚のスリーと辰吉のフックぎみの右が相打ちになる。


「ようやくエンジンがかかってきましたな」


 白井が興奮をおさえて言った。


「鬼塚ですか」


「そう、わりあい鬼塚は前半だめなんだよね。相手を見すぎるきらいがある。でもそんなこと言ってられないでしょう。そろそろ行かないとね」



 鬼塚の左ジャブがおでこに当り、辰吉のけぞる。踏み込んで左右を振るうが辰吉も応戦、互いに明確なヒットがないままクリンチになる。


 採点28-29。CM。


【5R】

 開始早々から鬼塚、左ジャブを突くが、いずれも空を切る。ヘッドスリップ、サイドステップでかわしながら辰吉はコンビネーションを打ち込む機会を狙う。1分過ぎ、ジャブの打ち合いから、辰吉が強引にステップインして連打。チンをとらえる。鬼塚、しゃにむにクリンチでしのぐ。


 レフェリーが2人を分けると、場内にタツヨシコール。打ち消すようにオニヅカコールも湧き上がり、ふたつが交錯して、しまいに、うおーッという喚声になってドームを揺さぶった。実況席はまたしても声が通らない状況になった。


 ラスト30秒、辰吉の入りばな、鬼塚の右ストレートが顔面をヒット。ナックルパートがきれいに辰吉の口許に当った。


 鬼塚はその右拳にグシャ、という感触を得た。林在新戦の9Rに当てたストレートと同じ手応えだった。辰吉は1歩2歩さがったがすぐに反撃に転じるべく、フックぎみの左右を打ち返した。


 

 どつきあい、やったろやないか。


 辰吉は自身に念じて、パンチをくりだそうとしたが、すかさず鬼塚が抱きついてきたところでゴング。


 28-29。


【6R】

「鬼塚のいい右が入りましたな、ナックルがきれいに当ってね。あのあと続けば、辰吉も危なかったですよ」


 白井が解説したので、的場はざわつく青コーナーを盗み見ながら尋ねた。


「ナックルというのは具体的にはどこの部分を言うのでしょうか」


「ナックルっていうのはね…」


 白井が言うのをさえぎって、具志堅に声をかけた。


「具志堅さん、ちょっとお願いします」


 申し合わせ事項のひとつだったので、具志堅ははにかんだ様子ながら、やおら立ち上がった。背広を脱いで、左利きゆえ、ワイシャツの右袖を手早くたくしあげて、右拳をカメラに差し出した。


「ここにバンデージっていってね、包帯みたいなもん巻いて…」


「それはどういう理由で?」


「パンチの衝撃へらすためね」


「パンチの衝撃というのは、つまり…」


「相手への衝撃ちがうよ。パンチ打ったとき自分の拳が衝撃でもたないから、それ守るためね」


「なるほど」


「それでも痛めるよ。折らなくても、試合終ったら腫れ上がってるよ。ナックルっていうのはバンデージを巻く、ここのところよ」


 そう言って、具志堅は、意外にきゃしゃな指でナックルパートを指してから、右拳をむすんでひらいて、最後にぐいと握りしめて、その拳を軽く空に打ち込んだ。近くの客から拍手をもらって、そちらへ照れくさそうにちょこんと頭をさげてから着席した。


 開始ゴングが鳴って、辰吉は左へ回りはじめた。


 正面に立つな、下半身でパンチをかわせ。


 インターバルで大久保から厳しく叱責されたからだ。けれども言いつけを守ったのは初めの30秒だけだった。


 鬼塚は執拗に左右ストレートを繰り出してきた。その大半は空振りだったが、2分20秒、またしても右が辰吉の顔面をとらえた。これをきっかけに両者、リング中央で猛然と打ち合う。五分の打ち合いだったが、鬼塚が左フックをひっかけたところでラウンド終了。


 大歓声に声が通らないことを承知で、的場はCMボタンを押さなかった。


 カメラは会場の興奮を追った。続いて、コーナーで古口の言葉に耳かたむける鬼塚、何やら大久保に問いかけている様子の辰吉を映し出した。


 27-30。


【7R】

 ゴングと同時に辰吉は不用意と思えるほど、まっすぐに入ってくる。ワンツースリー、鬼塚のガードのすきまにコンビネーションを打ち込む。鬼塚クリンチ。


 離れてまた辰吉の左右が鬼塚を襲う。またも鬼塚クリンチ。辰吉の攻勢に場内はどよめいて、実況がままならない。


「辰吉、倒しにきてるね」


 具志堅が言ったが、歓声にかき消される。


 モニターを見ていた金子は、前のラウンドの採点が辰吉陣営に動揺を与えたに違いない、と感じた。ラウンドごとの採点公表は鬼塚側に有利にはたらくと、ぼんやり考えていた金子は、ポイントを失うたびに辰吉陣営は浮き足だってくると見ていた。辰吉の攻めをしのげば鬼塚にチャンスがくる。パンチの打ち終わりにカウンターを合わせられれば勝機がある。


 1分過ぎ、辰吉が入ってきたところへ鬼塚の左フックがヒット。左へかしいだ辰吉へ追い討ちのワンツーを放つが、これはミスブローになり、そのまま鬼塚はクリンチにいく。以後、このラウンドは鬼塚がワンツーを放ってはクリンチする展開になった。辰吉は糸口が見出せぬままラウンド終了。


 27-30。CM。


 → つづく


2021.01.08

※初出:2003.10.16

design & illustration : S. Ando, Ando design office


88回の閲覧0件のコメント

最新記事

すべて表示

© All Rise, All rights reserved