続・お客様という病

最終更新: 6月30日

目の前にいらっしゃる方はみなお客様、誠心誠意のおもてなしを…などと、「徹底的に大事にして媚びなさい」「何をされようが我慢して尽くしなさい」を、半ば強要する病んだ発想に蝕まれている、接客のシゴト。そんな現状をひきつづき――

うらごろー

Uragoro


お客様という病

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残酷社会

 接客の現場、現状を考察している『「おもてなし」という残酷社会』(榎本博明/平凡社新書)を一読。納得できることが多かった内容に、もやもやイライラする日常が、ほんの少し和らいだ。


 そうだその通りだ…と。


 トップブランドのホテルで活躍した人が説くホスピタリティ精神だとか、有名テーマパークでの感動話なんかを書いているものも多く刊行されているようだけど、そんなのより腑に落ちること、うなずけることが多い一冊だった。


 あえて「おもてなし」などと強調するまでもなく、私たち日本人はごく自然に人に対して気を遣ってきた。


 わざわざ過剰な「お客様扱い」を奨励などするものだから、客の自己愛がやたら増殖し、過剰な期待や要求をもつようになり、従業員は過剰なストレスにさらされるようになった。

(本文より)


 こういう経験あるある…なことから「そんなことも?」なことまで、あげたらキリがない。ツイッターでも多くのリアルな実例を見聞きできる。


「病」を治したいけど…

 でもしばらく諸状況は好転しそうもない。そう思える大きな一因は、何でもかんでも言うことを聞く(聞こうとする)クレーム対応にある。


 そんなの、120パーセントあんたの不注意が原因だろ――としか言いようがない“ご意見”にまで、まず「このたびはご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」みたいに返す現状。


 身勝手で非常識な、明らかに運賃や代金の対価を逸脱した申し出に対し、従業員がルールや常識に沿った正しい対応をしても、客が不満と感じ、“ご意見(要はクレーム)”でも入れてこようものなら…正しいはずの対応は「悪」に変化する。無理難題かもしれないけど、でもこういう言い方をしてご理解いただくよう努めなければいけない…といったように「キミの対応が悪かった」にされてしまうのだ。


 その間、聞き取りなどと称する取り調べを受け報告され、場合によってはその上級部署からも、当事者や直属上司が確認やら何やらで蒸し返される。そんな面倒なことになるより、とにかく謝ってその場をおさめるのが最善、と現場が考えてしまうのもムリはない。


 客は客で、自分の言動が間違っているなんてまったく思いもせず、どこへ行っても同じようにペコペコされるもんだから、増長は止まらない。


 こんなこと続けてたら、「病」は治らない。


 クレーム内容を吟味し、非があればもちろん相応の謝罪が必要。しかしなければそのように毅然と伝え、同じやりとりが繰り返されるだけと判断される通話やメールの対応は、きっぱり終了させる。そんなにむずかしくはないと思うが、むずかしいと思わざるを得ないほど、無抵抗な奴隷対応が当たり前な日常になっている。


 言いかえれば、クレーマーを自らたくさん育て、際限なく調子づかせているといってもいい。しかもそれが「お客さま目線に立った質の高いサービス」だとも思っている。タチの悪い病に罹患していることにすら気づいていないのだ…

 ▽

もう一回つづく

2020.06.23


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